大判例

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東京高等裁判所 平成5年(ラ)1002号 決定

抗告人

内藤壽郎

右代理人弁護士

堂野達也

堂野尚志

相手方

株式会社丸藤ゴルフ

右代表者代表取締役

原田弘

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。」との裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙「執行抗告の理由書」記載のとおりである。

二そこで、抗告理由について判断する。

1  ゴルフ会員権の譲渡について第三債務者であるゴルフ場会社の承認があり、名義書換の手続が完了した場合には、右譲渡を第三者に対抗するためには右譲渡承諾について確定日附ある証書によることは不要であるとの主張について

本件ゴルフ会員権は、いわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権であるが、右会員権は、第三債務者所有のゴルフ場施設を優先的に利用しうる権利及び預託金の返還請求権並びに年会費納入等の義務をその内容として含む契約上の地位であって、その譲渡には指名債権の譲渡を伴うのであるから、右契約上の地位の譲渡を債務者以外の第三者に対抗するためには、指名債権の譲渡の場合に準じて、確定日附ある証書をもってする通知又は承諾を要するものと解するのが相当である。

抗告人は、会員資格の譲渡については、譲渡の当事者間の譲渡契約とゴルフ場の経営会社の譲渡承認があれば足りるのであって、新たに会員となろうとする者とゴルフ場を経営する会社との間で入会契約関係が創設された場合と同様に、右譲渡を第三者に対抗するためには確定日附ある承諾は必要ではないとする見解を援用するが、なぜ会員資格の譲渡を新たな入会契約の締結と同視できるのか、その論拠が明らかではなく、採用することができない。右見解は、会員資格の譲渡の効力は、譲渡の当事者とゴルフ場の経営会社との三者の合意によって生ずるということがその根拠のようであるが、この合意によって、譲渡人とゴルフ場の経営会社との間の契約により既に発生している譲渡人の会員資格が絶対的に消滅する訳ではなく、譲渡人の有する会員資格が同一性をもって譲受人に移転するという本質は何ら失われるものではないのであるから、会員資格が新たに創設されるということはできない。

2  ゴルフ会員権の譲渡については、証券の裏書欄に譲渡人が記名捺印し、ゴルフ場会社が承認年月日を打刻して押印するなどの手続をとっているのが実態であって、確定日附ある証書による通知又は承諾という手続を履践することはほとんどなく、民法四六七条に定める対抗要件は変容されたとの主張について

民法四六七条二項は、取引の安全、公の秩序に関するものであって、強行規定であるから、これと異なる当事者間の合意あるいは慣習はその効力を有するものではない。したがって、右主張は失当というほかはない。

3  弁済その他の事由で譲渡に係る債権が消滅した後には、対抗要件を備えていない譲受人の譲り受けを否認する余地はないとの主張について

本件ゴルフ会員権は弁済その他の事由によって消滅した訳ではないから、抗告人の主張は的外れのものであることは明らかである。

三以上のとおり、原命令は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官髙橋欣一 裁判官矢崎秀一 裁判官及川憲夫)

別紙執行抗告の理由書

1① 原記録を精査すると、債権者の差押命令に対して第三債務者たるゴルフ場会社、すなわち国際観光開発株式会社は平成四年七月一七日付(裁判所へ送達=同年同月二〇日)にて回答をし、

「差押えに係る債権はない。」

「弁済の意思はない。」

「返済しない理由、平成三年九月一一日付で個人正会員内藤壽郎より株式会社インデックス・パル内藤壽郎へ法人所有に書換えがなされている。」

と陳述した。

ところで、ゴルフ会員権に関する実務においては、むしろ、

「例えば、確定日付のない譲渡承認後に、譲渡人の債権者が当該ゴルフ会員権を差押えても、譲渡人は既に確定的に会員資格を失ったものとして、その差押えは効力を生じないと解される。」

とされている。(藤井一男「会員権の担保とその実行」自由と正義四一巻七号六三頁。注7)

② されば、平成四年九月八日付にて債権者よりゴルフ会員権譲渡命令申立がなされたが、裁判所も譲渡命令を出さなかったのであろう。

③ しかるに、平成五年八月一六日に債権者は、債権者代理人高山征治郎弁護士の雑誌「ゴルフ場セミナー」の論文を根拠に譲渡命令の発付を上申したため、裁判官も交替しており、従前の裁判官と法的見解を異にしたためか、申立より一年以上も経過した時点でゴルフ会員権の譲渡命令を出したのである。

2、しかし、本譲渡命令は債権者代理人高山氏の独自の見解に安易に従っただけであり、取消さるべきである。

① 「ゴルフ会員権の譲渡の手続は、具体的には、会員たる譲渡人からの譲渡承認申請書とともに、その申請意思の真正を証するため、不動産登記の場合(不動産登記法細則四四条)に準じ、作成後三カ月以内の印鑑証明書を必要とし、その申請に対する一般的な資格審査を経て、理事会の譲渡承認がなされたのちには、譲受人から預託金証書の提出を求め、かつ名義書換料の納付を受ける(譲渡人たる会員に、滞納年会費があるときは、併せて、その納付を受ける。)という手続を経たうえで、譲受人を会員として登録するという扱いをするのが一般であるとみられる。」(前掲、藤井、六二頁)

同様の説明は笠井盛男「特殊問題を擁する破産事件(1)―ゴルフ場」(裁判実務大系六巻三五五頁)等になされている。

そして普通は預託金証書の裏面には、譲渡のための裏書欄(会社の承認欄)が設けてあり、会社が証書の裏面に登録証印を押捺することによって完了するとされる。

② 平成五年八月六日付第三債務者国際観光開発株式会社の裁判所よりの審尋書及び回答書によれば、本件ゴルフ会員権に対する「債務者内藤壽郎から株式会社インデックス・パルに譲渡された旨の通知を受けていますか。」「その譲渡通知がある場合は、そのコピーを送付して下さい。」との問いに「譲渡通知を受けている。」としたうえ「名義書換請求書写、印鑑証明書写、と共に書留郵便物受領証写(書換完了後(株)インデックス・パルに会員権を郵送したもの)」を回答と共に書類(写)を提出している。本理由書に添付した会員証書(写)の裏書欄に平成三年九月一一日付でクラブの承認欄に承認印があり、これと書留郵便物受領証の郵便局の公文書日付印、平成三年九月三〇日と相まって、遅くとも平成三年九月三〇日には債務者の債権譲渡ないし名義書換は終了していることになる筈である。けだし、前述の如く会社が証書の裏書欄に社印を押捺して送付したことによって入会承認ないし名義書換は完了した。それ故、既に1①に述べたように、平成四年七月四日になした差押えは効力を生じない。

③ 実務家の通説も同様である。

「一般の預託制のゴルフ場では、会員資格の譲渡については、クラブ規約において、クラブ理事会の承認、名義書換料の支払、預託金証書の提出等を譲渡の要件として定めているのが通例であるが、これらは経営会社が最終的に譲渡を承認するうえでの内部的な前提要件とみることができる。

また、この経営会社の譲渡承認は、経営会社に対する関係での効力発生要件であり、指名債権譲渡の対抗要件たる承諾とは法的性質を異にする(譲渡承認は、一種の意思表示たる性質を持つが、対抗要件たる承諾は、債権譲渡の事実を認識した旨の観念の通知に過ぎない。)ものであるから、会員資格の譲渡は、譲渡当事者間の譲渡契約と経営会社の譲渡承認とにより、あたかも三者間の合意で、新たな当事者間での入会契約関係が創設された場合と同様に、確定的に生ずると考えるべきであろう。したがって、これを第三者に対抗するうえで、その譲渡承認に確定日付を得るなどということは必要ではないと解される。」(前掲、藤井、六三頁)

「判例上の預託金返還請求権は、指名債権とされているので、管財人に対抗するためには、民法四六七条により譲渡人がゴルフ場会社(若しくはクラブ理事会)に対し譲渡の通知をし、又はゴルフ場会社が承諾すること、しかも、それぞれ確定日付が必要となる(名古屋高裁判決昭和五二年五月三〇日判タ三五九号二五四頁)。

しかし、会員権の譲渡は、前記したように証券の裏書欄に譲渡人が記名捺印をし会社が承認年月日を打刻して押印している。そして、この他に譲渡人の印鑑証明書、名義書換申請書等を添付しているのが実態であって、右のごとき手続を履践しているのは、殆ど見当らない。

この意味で預託金証書については、有価証券説をとらない場合であっても民法四六七条に定める対抗要件は、変容されたと解すべきではなかろうか。」(前掲、笠井、三六三頁)

ちなみに、本件債権者代理人の中島章智弁護士も笠井説と同様であって、高山説に反対のようである。(前掲、高山、八五頁)

3① 結局、本件において原裁判所が高山説に振り回されて、誤解があるのではないかと思われる。

本件においては、そもそも本件会員権は遅くとも平成三年九月三〇日までに債務者より(株)インデックス・パルに譲渡されており、債務者の所有ではないのである。我妻栄「債権総論」(民法講義Ⅵ)五四八頁にも、債権譲渡に関して、

「おわりに最も注意すべきことは、確定日附ある証書による通知・承諾のない者の譲り受けを否認することのできるのは、債権がその者に帰属して存在している間に限り、弁済その他の事由で消滅した後には、もはや否認する余地はないことである。」とある。

すなわち、名義書換以前なら確定日付による債権譲渡の対抗問題が生じようが、名義書換がなされ既に債務者がゴルフ会員権の所有者でない以上、これを否認する余地はないのである。高山説は右の前提を欠いているように思われる。

② 債権者代理人が参考文献として引用する判例時報一二九一号七三頁の大阪高裁昭和六三年三月三一日判決はこの意味で事案の内容を異にして適切な判例とは思われない。これは名義書換のなされてない会員権の譲渡であり、会員より確定日付のある債権譲渡を受けた者と、それより後の会員の債権者たる者がなした差押との優劣の件である。勿論この問題についての判旨は正当であろう。しかし、本件は既に内藤壽郎個人から会社に譲渡が完了しているかどうかを先ず問題にされるべきであるからだ。これについては、前述の如く完了している。

③ 次いで、ゴルフ場会社国際観光開発株式会社の入会承認ないし名義書換があっても、なお譲渡通知が必要であるとする高山説が論じられなければならない。この点について、前述の如く通説は入会承認(名義書換)のあった後は、確定日付による通知は不要としている。民法の通説からすればそうなると思われる。

「対抗とは、一方が他方を否認しうるという不完全な状態で存在する数個の権利関係についていうことであって、一方が消滅した後には、対抗を問題とする余地がないものだからである。のみならず、実際からいっても、丙は弁済を受けた後にも、確定日附ある証書による対抗要件を備える者によってその債権取得を否認されるとすれば、確定日附によらない対抗要件なるものは何等の意義をもたないことになるであろう。」(前掲、我妻、五四九頁)更には、

「もっとも、以上のように解する結果として、確定日附ある証書を要求した前述の立法の目的は達せられなくなるおそれはある。なぜなら、そこで述べた甲乙丁が通謀して、丁への第二の譲渡が丙への譲渡より前に行われたような証書を作成するだけでなく、進んで弁済もすでに行われたような証書を作成すれば、確定日附ある証書による必要はない、ということになるからである。然し、それは、幾度も述べたように、やむをえない、と考える他はない。要するに、指名債権の譲渡は、結局においては、債務者を信頼する他に安全な途はないのである。」ともいわれる。(前掲、我妻、五四九頁)

④ しかし、本件においては通謀ということはあり得ない。証書を新会員たる(株)インデックス・パルに対して書留郵便で送っており、郵便局の確定した日付印(平成三年九月三〇日)があるからである。

従って、原判決が第三債務者のなした名義書換行為ないし債権譲渡の承諾行為をそれから一年以上も経て、確定日付がないとしてこれを否認するということは、民法の私的自治の原則に反する不当な認定である。けだし、これは第三債務者たる国際観光開発株式会社が入会承認(名義書換)を自由的に行いうることである。確定日付によらない債権譲渡の承諾ということが何の意味もならず、実務で行われるこの種の手続が全て否定されかねないのである。

⑤ 裁判所において、個人と会社代表者が同一人のため或いは通謀して期日をさかのぼらせたとの疑いを持たれたとすることもあり得よう。しかし、前記の書留郵便の日付を確認されたい。ちなみに、第三債務者のゴルフ場会社は他にも幾つかのゴルフ場を経営する、業界でも大変信用力のある会社である。第三債務者はごく通常のゴルフ会員権の名義書換をしたに過ぎない。

添付書類〈省略〉

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